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Copyright (C)1995-2007 FUJITSU LIMITED All rights reserved.
2001.6.27 URL が、http://www.ykanda.jp/になりました。
2004.12.14 所蔵するオアシスのカタログ全部入れました。
2007.1.14 雑誌にのったJEFの記事
2008.10.10 毎日新聞の記事
2009.11.11 ワープロの店
オアシスのホームページにようこそ
日本語ワードプロセッサーOASYSの生みの親、
神田泰典が提供します。乞うご期待!
オアシスの歴史
オアシスの発表、親指シフト開発、種々のオアシスの製品のことなど
中古ワープロの店
2009.11.10 朝日新聞掲載の広告です。
中古のオアシス(含む 親指シフト)の販売や、修理、フロッピの読み出しなどの
サービスを行っています。
毎日新聞 2008年10月6日 に 「漢字を守った技師」
という見出しで私のことが記事になりました。
コラム OFF-LINE オフライン
漢字を守った技師
携帯電話でメールを打つ、パソコンでプログを更新するーー。
今では当たり前の光景だが、米国生まれのコンピューターが日本語を扱えるようになるまで、
メーカーの苦闘があった。70年代末のことだ。
かな漢字変換やキーボードを使った日本語入力の方法など乗り越えるべき課題は多かったが、
技術者たちは研究と工夫で乗り切った。その一人、神田泰典・富士通顧問(70)に話を聞く機会があった。
当時は「日本人がコンピューターを採用するためには漢字を捨てるしかない」という意見まであった。
「漢字は貴重な財産であり、一度失ってしまえば二度と取り戻せない」。
そんな思いを抱きながら開発に没頭したという。大型コンピューターの日本語システム開発を指揮し、
自治体が漢字で処理された住民票を発行できる礎を築いた。
また高いシェアを誇ったワープロ「OASYS」を世に送り出し、
コンピューターと日本語の垣根を取り払うことができた。
私たちがやらなくても他社が完成させていただろうと、と振り返る。
「しかし自分たちがやれて良かった」。
"漢字廃止論"を一掃したエンジニアは誇らしげな表情を見せた。
【デジタルメディア局・牧野哲士】
YOMIURI PC 2007年2月号に、JEF のことを書いた記事が載りました。

「誰が日本語を作ったか」という6頁の記事です。取材 2006.7.27 山野辺記者
1972年に稼働した日経新聞とIBMが開発した新聞紙面作成システムのこと。
次に、小生が取材をうけたJEFの企画から開発のストーリー と大宮市の住民システムのことが書いてあります。
日本人はコンピュータを採用するためには、漢字を捨てるしかないという風潮が、JEF の成功によって、立ち消えになった。漢字を救ったということが文化史的にみて重要だという私の持論が記されています。
YOMIURI PC(142頁)日経と巨人IBMの挑戦
(143頁)新聞作成の漢字システム
(144頁)日本語システム「JEF」登場の衝撃
(145頁)40億円 あまりに高価
(146頁)開発の先陣争い 勝利したのは「日本語」だった
(147頁)住民サービスの質を変えたシステム
情報処理学会誌 「情報処理」 2003年11月号に
日本語情報処理の開発物語(JEFとOASYS)ということで、6ページの論文を
書きました。
これはそのPDF file です。
朝日新聞2008.4.27
に、『「仮名入力「携帯化」の予感』
という記事が載りました。
仮名の入力としてPCではローマ字入力の他に
親指シフトが愛用されている。また携帯ではテンキー入力が
広く使われている。(柏原精一記者)
週刊ダイヤモンド(1)
(2)
に、「日本語のための入力装置 親指シフトがたどった不幸」
という記事が載りました。
2ページにわたり、これまでの経緯が正確に書かれています。(2002.10.26号)
FMV-BIBLOの親指シフトタイプがアクセスより販売されます(2005.1月出荷予定)
オアシスワールド
富士通のホームページにリンクします。
親指シフトとパソコン
親指シフトをパソコンで使う方法や、
親指シフトキーボードをシミュレーションする方法など、
最近の情報があります。
データ変換サービス
富士通がサポートしているOASYSのデータ変換サービスの案内
OASYS文書のコンバート
OASYS 100 100Jなど、以前の文書フロッピをコンバートしたい
親指シフトのノートの意味という遠藤さんのコラムが朝日新聞に載りました。
(1999年12月4日夕刊)
神田泰典のハイリントーク
30分のトーク番組(動画)が5つあります。
1.コンピュータとの出会い
2.日本語情報システムJEFの開発
3.OASYSの誕生
4.NIFTYなどパソコン通信
5.インターネットやパコソンの将来
real-playerを使ったトーク番組です。
私とコンピュータ
私が富士通に入社した昭和35年(1960)ころのコンピュータ業界の状況
コアメモリの設計、 IC計算機の開発、計算機のDesign Automation 、
IBM互換機 Mシリーズの開発など 1975年ころまで....
日本語情報システムJEFの歴史
1977年から社内で検討を始めて、1979年4月11日に発表した富士通日本語情報システム(JEF)
の歴史について、情報をまとめました。
NETTOWNに市場を築け
という本を1989年12月に出しました。
現在のインターネットの世界を予見した議論がされています。
当時のISDNの利用を考えたグループの結論で、NETTOWNという仮想社会のようなものが
将来発展するという結論になっています。
日本語入力に関する資料をまとめました。
1980年代の日本語入力の状況、カナモジカイ、連想方式、各種のキーボードのことなど
わかる! ストリーミング
という本を2002年2月20日に出しました。
神田泰典 森出茂樹 共著
オーム社出版 1500円 ISBN4-274-07937-6
ブロードバンドのキラーアプリケーションは、ストリーミングを使った
インターネットラジオ/テレビだと考えています。
親指シフトキーボードをめぐる議論・ニコラキーボード
過去の親指シフトに関する議論の紹介と日本語入力コンソーシアム
オアシスの歴史を知るための資料
親指シフトキーボード関係のリンク
親指シフト・キーボードを普及させる会のホームページ
日本語入力コンソーシアムのホームページ
古瀬さんのNICOLA派宣言のホームページ
森山さんのホームページ
ワープロへの挑戦
1999年7月7日の日経新聞夕刊に載った記事です。
写真は、1980年5月7日のOASYS100の発表のときのものです。
この写真と同じときにとったものです。
第6回 第7回 第8回 第9回 第10回 第13回世界コンピュータ将棋選手権の写真です。
97.12.9.日本工業新聞 インターネットと私 「世界中の放送聴ける」
という原稿をかきました。
97年4月6日オフライン
97年4月19日niftyforum
96年12月7日おさわりオフライン
及び二次会の写真
欧亜思州懐古館(オアシス懐古館)
96.7.21のオフラインの写真
96.6.4.読売新聞「ネット通信熟年こそ遊べ」(74KB jpg)
と
テキスト
96年春オアシスオフラインの写真
1995年11月23日WINDOWS95発売in秋葉原の写真です。
「タッチ!電脳・95」の様子1995年11月11日タッチおじさん
WINDOWS95教室
会場の様子