パネル討論会                日本文入力法の将来像                  パネリスト            神田泰典*1、坂下善彦*2、田中康仁*3            長尾 真*4、吹抜敬彦*5、森 健一*6              山崎清一*7、司会 石田晴久*8 日時 昭和56年7月2日、3日 9:00〜17:00 場所 機械振興会館大ホール *1富士通 *2 三菱電機 *3 日本ユニバック *4 京都大学 *5 日立製作所 *6東芝 *7 大日本印刷 *8 東京大学大型計算機センター はじめに  本稿は、1981年7月2〜3日に行われた討論の模様を、日本語ワード・プロセッサ を使って初稿の形にまとめていただき、それに私が多少の手入れを行ってまとめたもので ある。スペースの制約のため、当時の発言者の意を尽くしていない点も多々あると思われ るが、発言順などは当日のままとして、当日の雰囲気がしのばれるよう、一応の努力はし たつもりである。なお、パネリスト以外の発言者の所属・氏名については聴きとりが困難 であった部分について、一部省略していることをお断りしておく。  本稿をまとめるにあたり、パネリストや討論者の方はもとより、原稿の整理に最新の日 本文入力法を駆使してお骨折りをいただいたリップスの竜岡氏に心から感謝したい。 (石田)  石田:日本文の出力のほうは、各社から最近発表されている比較的安いマイコンでも漢 字の表示や印字が可能になってきた。そうなると、あらためて入力の問題がクローズアッ プされることになる。前半では、いままでの経験に基づいて、割合と近い将来の入力方式 としては何がいいか、お話いただきたい。  坂下:日本文の漢字かな文において、文字列がどういう状態であらわれているかは、入 力を考えるときに重要な問題である。まず、日本文の中にあらわれる漢字の異なり字数を みると、新聞記事では2,000〜3,000字になっている。次に文章中にあらわれる 漢字の、新聞、「情報処理」誌、われわれの社内の報告書について、それぞれの文章にお けるカバー率も調べた。調査結果をみると、対象分野により漢字の字種にかなりの幅があ る。  たとえば、タブレットの場合字の配列にはひんぱんに使う字を見極めなければならない 。その重要性を考えて、このような調査をした。  田中:入力についての第一の問題、「人間の能力はどこまで引き出せるか?」について 。人間の不確実な能力に頼らなくても、効率のいい入力ができないだろうか。健康な人も そうでない人も、男性も女性も、漢字を専門に扱う人も扱わない人も、運動神経の発達し た人もしていない人もいる。たとえば20代の女性だけを考えるのは行き過ぎではないか 。漢字の入力機器は、二つに大別される。一つは、入力したものをそのまま出力する、知 的能力のないもの。もう一つは、知識・認識なと、ファイルによる支援のもとで、入力よ りも出力のほうが大きくなる、知的能力のあるもの。  能力の高い人、運動神経の発達した人にとっては、前者がいいだろうが、多くの人にと っては後者のほうが重要である。新幹線の運転、飛行機の操縦も、後者の形態をとってい る。計算機もOSを考えると、この形態になっている。その意味で、後者をもっと開発す べきではないか。  基本に立ち返って、漢字入力では何が重要かを考えなければならない。1.速く、2. 安く、3.正確に、4.取り扱いやすい、という項目が考えられる。  「速く」が強調されるけれども、入力が全体に占める割合は30〜40%に過ぎない。 「原稿作成・入力・校正・照合・出力」のすべてを含めて考えなければならない。  「安い」ためには、安い労働力を使い、安い機器を使うこと以外に、たとえばマスタ的 なものを作っておいて、なるべく繰り返し利用することも考えなければならない。  「正確に」については、ミスの訂正コストは、入力した瞬間、校閲の段階、お客さんに 出してしまった後、とだんだん高くなる。早い段階での訂正のほうがコストは安く、作業 は短くなる。「取り扱いやすい」というのは、特別な訓練なしに使えることが必要であり 、特別な緊張を必要とするものはよくない。  第2の問題の「万人向きか、階層構造を是認するか?」については、いろいろな場面を 考えなければならない。入力を欲している環境がさまざまだし、いろいろな人がいるから 、いろいろな構造を認めざるをえない。  第3の問題の「だれでも入力するのが玄人を育てるのか?」について。計算機が生まれ た最初のころは、バッチ入力のためにキー・パンチャが大勢養成されたが、やがてTSS 、リアルタイムの拡大によんて分散化が進んだ。漢字入力も、初期段階ではバッチ入力・ 集中入力がさかんだろうが、だんだんと分散化していくであろう。  第4の問題の「パターン認識(広義)による自動化の将来など」について。知的能力を 持ったシステムとしてかな漢字変換システム、漢字OCR、手書き漢字の認識システム、 音声認識による入力システムなどがあるが、さらにイメージ入力、通信回線との結合、そ れによる大型コンピュータへ結合が必要になる。  漢字の入力について考える場合に、とにかくドンドン入力することだけを考えるか、入 力を節約することも考えるか。一企業の中で入力・処理・出力というプロセスを経てハー ド・コピーが生まれ、他の企業にいく。ある企業の売上げは、他の企業の仕入れになる。 協力関係にある企業どうしだったら、うまく直結する可能性もある。日本全体として考え なければならない大きな課題だろう。  知的能力を持たせるためには、機械可読ファイルが準備されなければならない。また、 機械可読データがないと、うまくデータが集められない。社会的にみて、いろいろなとこ ろで同じようなことをやるのは、大きな損失を生む。企業間競争・著作権などの障害を排 除して、一社で作られた辞書が他社にうまく転用できるようにしていく。マシーン・リー ダブル・ファイルの図書館のようなものができ、うまく管理されるようになったらいい。  新聞社・出版社では発生する大量のデータを捨てているが、うまくファイルしておいて 、研究や実験に使うことができないだろうか。  知的システムを高めるためには、あやふやな人間による校正に対して、辞書との照合、 文法的なチェックなどの技術を使って人間をサポートし、その能力を高める自動校正シス テムも重要になる。  機械翻訳、機械支援による翻訳システムも、限られた分野に限るが、発展していくだろ う。厚生省の外郭団体でWHOの病名ファイルの英文をコンバージョンし、本作りを早く することができた。最近のオフィス・オートメーション・ショーに長尾先生が作られたタ イトル文の翻訳システムがあった。  こういうものによって、漢字入力の手間を省き、自動的に入力することができることも 大きい。  最後に、日本文の入力の必要性とは何か、情報の伝達とは何か、根本から考え直してみ なければならない。いまある業務のためにこの入力が必要だ、という近視眼的な見方をし がちだけれども、意思の伝達の手段として何が一番いいのか、伝達のために文書を作るの であれば、どういうふうにするのが一番いいのか。  会社の中にある定常的な文書は、70〜80%まで定型的である。そういうもののオペ レーションをどうするか、も考えなければならない。  タブレットでやればいい、と述べた発表者が、最後に「将来は音声認識だ」といったこ とがある。それには、かな漢字変換の処理プロセス、たとえば分かち書き、同音語の認識 などをやらなければならない。その意味では矛盾がある。  漢字が読めるが書けない、という問題をどうするか、ある程度考えなければならない。  吹抜:欧米におけるタイプライタが現在の形に定着するのに半世紀を要したという。そ れが欧米のオフィスにおける事務、あるいは印刷、出版、報道、教育、さらには現在の広 義の情報活動全般に与えた影響はきわめて大きい。  日本の状況はまことにお寒く、この問題は日本における広義の情報産業・情報活動にお ける最大の問題である。その意味では、民族的な大問題である。  私の場合、昭和42年、社内で漢字入力が話題になり、表示選択方式を少し考えてみた が、「毎回同じ漢字を同じような手続で選択するのはまどろっこしい。記憶コードを作っ たらどうか」と考えた。  なお狭義の仮名漢字変換方式が必ずしも完全には行えないということもあって、最近少 なくとも言葉の上では、この2方式(表示選択、仮名漢字変換)の境があいまいになって いるケースがある。最近の主流になっているこの仮名漢字変換に対する疑問として、一つ は、「日本文入力のメイン・ルートにディスプレイが入ることによって、タッチ入力に背 を向けていいのか」ということがある。もう一つは、「機械の学習が考えられているが、 本当に望ましいことか」ということである。学習するにつれ、機械が刻々と変化すれば、 人間が学習するのに不都合ではないか。  次に、記憶コード入力について、前述の記憶コード入力が特許になった。しかし、これ を行うためには、人間の能力と、それを発揮させる社会的条件とが非常に重要であると感 じた。このままで社会にうまく受け入れられるかどうか、疑問を持っている。  なお記憶コード式は、仮名も含めて、すべてを2ストロークで入力する方法であるとさ れているようだが、文字の使用頻度に大幅なバラツキがある。仮名は仮名のままで入れ、 漢字は漢字の機能キーと記憶コードとで入力するのが妥当ではないか。  1年間米国に滞在して衝撃的だったのが、米国でのタイプライタの利用状況だった。 「清書や軽印刷に便利な機械だ」程度だった認識の誤りを知らされた。これが広い意味で の米国の情報活動のベースになっている。キー入力とりわけタッチ入力の必要性を痛感さ せられた。OCRがどう発達するにせよ、まずキー入力を確立しておかなければならない 。OCRは、「やむをえず書かれてしまったものを、何らかの理由でコード化する必要が 生じたときの補助手段」と考えるべきであろう。まさに富士通さんのPRの「書くから打 つへの時代」のとおりだと思う。  帰国後、タッチ入力の具体的実現手段として、前述の記憶コード式のコードを具体的に 作ってみたが、同音異字の区別、記憶しやすいコード作りなどの難しさを痛感した。  一方、現在の英文タイプは、真のタッチ・メソッドで打つ人からサイト・メソッドで打 つ人までいるが、初心者から熟練者に、自然な形で移行できるとこに良さがあと感じ、記 憶コードに代わる方法を模索した。  このときの条件は次の二つである。  1.素人は素人なりに使え、慣れるにつれあるいは本格的な練習をするに従って、タッ チメソッドによる高速入力に移行しうる適応性を持つこと。  2.マン・マシン対話による方法を採るが、高価で、かつタッチ・メソッドを不可能に するディスプレは極力使わない。  その結論が「追加指示式」である。仮名で入力し、同音異字は、それ区別するために必 要な情報が機械から指示されてくる。最初のうちは機械の指示に従って入力するが、やが て、入力コードを記憶コードとして覚え、反射運動に移行していく。早速これを試作し、 さらにワード・プロセッサの機能もつけてみた。 こういった経緯を経て、日本文入力における適応性の重要性を感じてきた。  なお最近、当社で「two−way式」と称する方法を発表した。これによれば最初は 表示選択式で入力するが、同時に、その記憶コードも表示される。オペレータはこれを記 憶するようになり、最終的には直接的な入力に移行していく。  このように適応化に対応した入力方式として、少なくとも次の二つがあることがわかる 。1.マン・マシン対話によて追加指示を受けながら入力する初心段階から、記憶コード を反射運動で入力する熟練段階まで自然に移行する追加指示方式、  2.入力コードそのものが熟達度に応じて変態するtow−way式。 人間の能力と社会的背景とを考えた場合、人間の能力を引出し、社会へ浸透を可能にする ためには、この適応型入力が望ましく、さらに検討していく必要があると感じている。  山崎:日本文の入力を実際に行っているユーザとして、非常に効率の悪い文字入力作業 がこのように技術革新されていくことは喜んでいい。  日本文の入力の難しさとしては、1.字種がおおく、その構成要素(へん、つくりなど )が複雑であること、2.複数の字形(新字、旧字、俗字、略字など)を持つものがある こと(情報処理と違って、書籍づくりのわれわれはそれらを区別して処理できなければな らない)、3.一つの字に対する読み方が幾とおりもあること、4.同音意義語が多いこ と、5.送りがなが不統一なこと、6.たて書き・よこ書きがあること(機械で文章を読 ませる場合の制限の一つになる)、があげられる。  1.入力専業。専門のオペレータによるキー入力で、連想のコード入力方式がこれから 広がっていくだろう。大量のデータをインプットしなければならない場合には、多段シフ ト方式よりもスピードが速い点で有利である。正確度保持のため、現在入力機には、連想 コードを表示するディスプレイはついているが、その代わりに漢字を表示したほうがいい かどうか、今後の課題である。  2.簡単入力・訂正入力。いったん入力したデータを訂正するため、あるいは半素人的 な人たちのための簡易な方法としては、速度よりも、簡単に作業できることが必要で、ペ ンタッチ方式がいいと思われる。  3.パーソナル入力機。日本語を扱った情報処理が広まっていく上で、たとえば論文な どを、発生した時点でインプットしていく必要性がふえる。すでに紙で書かれたものを入 力するのではなくて、自分で文章を構成しながら入力していくのに最も使いやすいものは 、かな漢字変換方式だろう。  さらに、将来の入力方法としては、文字認識・音声認識の二つが考えられる。ワード・ プロセッサが普及して、簡単に使えるようになれば、みんなが字を書かなくなり、一度書 かれたものを機械に読ませる文字認識の方向とは矛盾するのではないか。また、かな漢字 変換方式のかなのキーを押す代わりに音声を入力する形は、かなのキーを押す操作と、音 声を発する動作とどちらがたやすいか、どちらが長時間の作業む向いているか、などを考 えれば、まだ大きい問題がある。最近使われている荷物の仕分けなど、限定された単語の 認識でいい場合とはかなり異なる。  ユーザとしては、こういう新しい入力方法が技術的に確立されて、現状が改善されれば いい、という期待を持って見詰めていきたい。  石田:司会としてではなくて、私の立場から述べたい。 私は、ローマ字で入れるのが一番いいと考え、実験中である。専門に年中入れるのではな くて、たまにやる場合は、これがいいのではないか。  ふだん、TSSとかマイコンを使っている人は、タイプライタのキーボードには慣れて いて、どうやらタッチ入力ができる。カナ入力は、現在のJIS配列では困る。速く打て ない。  ローマ字ならばそこらの端末から入れることができ、マイコンで入れてもいい。私の場 合、家庭のマイコンからローマ字文を大型機に送っておき、大学にいってから、それを漢 字変換させることができる。  実際やってみて、次のような問題点を認識した。  「東京」を「TOKYO」と打ってはダメで、たとえば「TOUKYOU」としなけれ ばならない。  カギカッコ、長音の横棒、中黒(なかぐろ)などをローマ字文の中でどう入れるのがい いか、まだ解決していない。カタカナ、ひらがなで出したい場合、かな小文字をどうロー マ字文の中で示すか。アルファベットも大文字・小文字を区別したい。EBCDICのK の場合には、本来小文字であるところがカナ文字になっている。大文字ならば半角で表示 できるのに、小文字は半角では表示できないディスプレイ、プリンタもあって困った。  スペースの扱いも厄介である。ローマ字文は半角のスペースなのに、変換させると全角 のスペースになる。そこに後から挿入などをすると、そこに半角が詰め込んであるか全角 が詰め込んであるかわからなくなる。そういった問題点はあるものの、ローマ字文がいい のではないか。  一方、カナ配列については、これから日本文を扱おうというマイコン・ユーザに対して いまのJIS配列を押しつけることはない。そこで50音順配列を考えてみたが、中点、 横棒、カギカッコなどのはいる余地がなかったり、濁音文字はシフトキーとともに押して だすことができるが、半濁音文字の出しようがなかったりして困っている。  TSS端末やマイコンの設計者と相談して、もう少し合理的なカナの配列を研究したい 。  神田:日本文の入力の過程において、従来は、原稿を入力装置で入力することが中心課 題となっていたが、原稿を作る過程を考えなければならない。原稿ができるときからマシ ン・リーダブルになっていればいいのではないか。  入力過程をさらに詳しくみると、人間が紙に向かって文字を書き、書かれたものをみて 、推敲する、というクローズド・ループで、原稿はだんだんと仕上がっていく。一方原稿 を入力装置を使って入力するオペレータは、原稿を変えることをしないで、ただ正確に速 く入力するだけである。  原稿作成過程と,それの入力段階とは、人間が同じような姿でやっているけれども、作 業の内容はまるで違う。  作成ずみの原稿がある場合、それを機械が自動的に認識し、コード化できる手書き文字 認識装置ができれば一番いい。しかしなかなか難しいので、その代わりを人間がやってい ることになる。結局、入力作業は、人間による文字からコードへのコンバージョン作業と なっている。  その場合に要求される特性としては、1.入力のスループットが高いこと(人間や機械 当たりの効率)、2.入力誤りが少ないこと、3.訓練がなるべく簡単で、オペレータが 容易にえられること、装置の価格がなるべく安いこと、があげられる。  原稿がすでに漢字かな文として出来上がっているのであれば、1字1字直接入れていく ことができるので、2ストロークなどが最もかなっていると思われる。このほうは、どう せかぎられた人間がやるわけだが、人間性を無視しない方向で考えるべきであろう。  原稿ができ上がったときに、マシーン・リーダブルになっていれば、こういった作業が 不要になる。  原稿作成こそ、人間がする仕事である。紙の上に文字を書くのは、他人に伝達するため であるに違いないが、実際は、書きながら考え、文章を練るための重要な手段となってい る。  英文タイプライタは、原稿作成に使われてきた。日本人もそういう便利な機械が使える ようになれば、それをそのまま印刷のプロセスに直結することもできる。編集、レイアウ トなど、印刷そのものに付随した処理は、それなりの機械でやればいい。そうすれば、日 本もアルファベット国並みになる。  その原稿作成にどういう入力方法がいいか。いまのところは、かな漢字変換がいい。漢 字で書けるものをわざわざかなでつづることには違和感があるかもしれないが、かなでし ゃべっていると考えればよい。  音声認識でしゃべったのがそのまま機械にはいったら便利だ、とだれしも考えるが、話 言葉と書き言葉とは本質的に違うし、カーソルの操作なども、口でしゃべって動かすとい うのも面倒である。まして、べらべらしゃべったのを片端から認識するようになるまでに は、なかなかかかりそうである。しばらくはコントロールされたしゃべり方をしなければ ならないだろう。  もちろん、自分でキーボードを操作するのがイヤな人は、ドンドンしゃべったのを録音 して,それを秘書などに渡し、かな漢字変換で入力すれば良い。ディクテーションは知的 な作業なので割合おもしろく、やる人にも興味が湧くだろう。  原稿作成と原稿入力とでは、人間の能力のかかわり方がかなり違う。人間の能力という のは、できること・できないことが割合ハッキリしている。訓練には限界がある。人間性 に反した訓練はすべきではない。 またイヤなら止めていい場合と、イヤでも仕事としてやらなければならない場合とでは違 う。このように玄人と一般人とを分けたほうがいい。運転手にたとえれば、自転車・自家 用車と新幹線・バス・トラックとの違いがある。  原稿の作成と原稿の入力とでは、人間のやっている仕事の内容が違うので、使う道具も 区別して考えなければならない。  日本人はキーボードに対する違和感が強いが。アメリカだってキーボードがこなせる人 の数は少ない。だからといって人間にキーボードが本質的に向いていないとかどうかは、 にわかにはいいがたい。  オンライン手書き認識についていえば、1分間に30字以上は書くのが難しいし、機械 に読めるようなものを、ある程度大量に書き続けるのは難しい。したがって用途は割りと 広い範囲で、だれにも・・・、という形のものにはいいかもしれない。  キーボードというのは,人間にとっても結構都合のいいインターフェースだと思ってい る。若い世代は安いマイコンを使い、キーボードに慣れて育ってくるから日本人もキーボ ードに慣れてくるのではないか。  森:パターン認識の研究と、かな漢字変換によるワード・プロセッサの開発と、両方や ってきた関係で、どっちが本命かと聞かれることが多い。  キーボード入力は、入力速度・正確度・経済性、コンパクトさに優れている。キーボー ド入力において速度は重要なファクタである。  正確度については、入力の段階でミスタイプを直せば1の努力ですむものが、最終段階 で直すと100の努力が必要である。入力のところですぐ訂正できるのが、ワード・プロ セッサの一番の取り柄である。文書を自由に編集し直すのが容易で金がかからないことも 事務所の環境では非常に重要である。  経済性については、訂正のコストばかりでなく装置全体の価格が重要なファクタになる 。当社が日本語ワード・プロセッサを一番早く市販したときも、価格のある経済的なレベ ルで実現させることが一つのポイントだった。それまでの普通のやり方だと、ー千万円を 越えてしまうという常識を破って、数百万円台に持ってきた。マイコンが発達し、さらに プリンタ、ディスプレイ、記憶媒体が安くならないといけない。さらにコンパクトさが、 大勢の人に受け入れられるための重要な要件に加わる。  パターンの認識のほうは、装置がまだ実験段階にあるので、欠点をたくさんあげること ができるが、まず、入力の容易さが期待されている。  抵抗感がないというのは、装置がある程度社会に受け入れられるかどうかの重要なポイ ントだと思う。前からあったたとえばタブレットというのは,盤面にすらっと文字がなら んでいる印象からの抵抗感というのは、キーボード以上のものがある。読んだとおりにか なで入れれば、漢字かな文を作ってくれる、という「かな漢字変換」に対する印象が、社 会的に受け入れられるためには重要である。パターン認識ならば、抵抗感がさらに少なく なるのは事実である。  マン・マシーン・インターフェースについては、人間が使っている情報の媒体と機械が 受け入れることができる情報の媒体とが同じものであるということが、情報の財産として の重要な点である。紙と鉛筆されあれば・・・、という気安さのイメージがパターン認識 にはある。  一方、音声タイプライタの研究は、昭和30年代前から京都大学なとで行われている。 音節を認識し、かな漢字変換して漢字かな混り文にするのが音声タイプライタである。日 本語は、音声タイプライタの実現について一番恵まれている。英語は250音節、中国語 は440音節、抑揚を入れるとその何倍かになる。日本語は拗音などを入れても102音 節しかなく、1音節は子音+母音の形を取り、子音の重複、末尾子音が存在しない。音節 列とかな表記との対応も非常にいい。助詞の「は、へ、を」ぐらいしか例外がない。英語 の場合は,音韻とつづりとがちゃんと対応していない。音声タイプライタを作るのに、日 本語は非常にいい条件にある。  そこでの問題点は何か。キーボードに比べて正確さが劣り、将来も差は縮まらないだろ う。ピアノはだれがたたいても同じ高さの音が出るが、声では難しい人が多い。音声タイ プライタは、特定の話者という条件を付け、発音を明瞭に丁寧に発音するようにしなけれ ば実用にならないであろう。  入力速度は、パターン認識をよしとする人はあまり問題にしていない。将来とも、遅い ほうに属するだろう。経済性環境条件についても、キーボードに比較して有利にはならな いであろう。こういった問題点はあっても、入力の容易さにたいする期待感に依存してい ること、移行に抵抗がないことを重視するべきだろう。  キーボート入力のほうも問題がないわけではない。標準化の問題が最大だろう。英文の キーボードについても、山田先生からいろいろ教えていただいた。いまの英文・キーボー ドが大変不十分であるにもかかわらず、普及してしまったので、今さら考えられない。石 田先生からもJISのキーボードのご批判があったが、計算機の世界ではかなり使われて いる。相当無理をしてでもやらないと、標準化ができない。ここ数年がチャンスだと思う 。  教育の問題は、相当重視しなければならない。JICSTの高橋先生は、どんな悪いキ ーボードでも、その気になれば使いこなせる、といっている。ましてや、いいキーボード を適切な教育過程で教育するようにすれば、社会に大きなインパクトを与えるだろう。  米国では高校を中心に職業訓練の一環として行われている。やがてパソコンが普及して 何とかなるだろうということで、ほうっておく手もあるが、社会的な教育体制も考えなけ ればならない。  いまいろいろ出ているかなキーボードは、悪くいえば思いつき的な物が多い。それを評 価する軸がまだ十分には練られていないのではないか。指の負担率だけでは足りない。こ ういう学会の場で、合理的な尺度の議論が十分行われるべきである。  キーボードもタブレットでも、入力できる字種の数が限られる。拡張性については、コ ード入力とか、へん・つくりによる入力とかがあるが、これもコンセンサスが必要である 。  長尾:日本文の入力装置は、使用目的によって多様化されたままでいくのではないか。 大量のデータをできるだけ速く入れる専門家向きの入力としては、何種類かの方式がすで に述べられた。  オフィス・オートメーションの中で考えると、素人は随時に少量のデータを入れる。そ ういう人はあまり訓練をするわけにはいかない。朝から晩まで毎日やっているわけではな いから、複雑な入力方式を教わっても、すぐ忘れてしまう。  そこで、鉛筆で普通に字を紙の上で書くのと同じことを、特殊なタブレットの上でやれ ば、パターン認識の技術で読み取るという装置を作る必要がある。事実、そういうパター ン認識の技術はよく研究開発されていて、習字の練習でていねいに書くのと同じ程度で、 少しきれいな字を書いてもらえば、自動的に読み取るという技術はほぼ出来上がっている 。  この場合、手書きの筆順の情報をうまく使いながら認識していくのが最もいい方法で、 近い将来にこういう方法が使われるようになるだろう。  なぜ、現在それが市場に出てこないのか。パターン認識の技術上の問題も大きいが,そ れよりも、いいタブレットがないことが決定的である。筆順情報を入れて認識していくも のが欲しい。ないわけではないが、非常に値段が高く、重い。たとえばノートの下敷みた いなタブレットが開発でき、それが安くて軽くて、どこにでも持っていけるようなものが 欲しい。  そのような入力データの認識装置そのものは、将来は安くなるだろうが現在はまだ高い 。しかし装置1台に対し、入力タブレットは50も100もあっていい。いわば「筆録」 したものをその認識装置にかければいいことになる。  オフィスの机の上でそのタブレットを使うのであれば、オンラインで結んで、即座に認 識させることができる。小さなディスプレイ装置を付ければ、書いた文字はすぐ本人がチ ェックできる。  しかし、人によって字にクセがあるし、筆順も違うので、そのクセをそれぞれ登録して おく。個人個人にチューニングしたようなインテリジェント・システムにしていけば、か なりよくなるのではないか。  以上は、情報が発生したところで素人が入れるものだから、速度は人間が字を書く速度 でいい。相当な集中的研究を行えば、必ずできるだろう。  日本文の入力は大変なものであた、何が一番いいのかいまだにハッキリしない。どうい う条件で、どういう人が使って、どういうふうにできればと一番いいか、という評価項目 しだいであり、素人向きということに重点をあてれば、おそらく今述べたようなシステム が実現すると思う。  石田:日本文の入力方式の将来について、一とおりご意見が出たので、会場からのご質 問・ご意見をいただきたい。  A氏(横河電機):かな漢字変換機能のあるワード・プロセッサを実際のオフィスで、 業務文書などを作るのに使った場合、名詞が非常に多い。他の品詞と違って、名詞は同音 語の処理ができていない。将来、もっと変換率が上げられるものかどうか。  神田:難しいと思う。機械にそういうことをさせようとするのが土台無理である。わた しが銀座通りに立って見知らぬ人たちに「日本文の入力処理についてしゃべります」と突 然いっても、予備知識のない人には、どういうことか全然わからないだろう。現在の機械 もそういう状態で、同音語の処理をするための情報量が少なすぎる。  しかし、現在の機械でも、使ったほうがメリットがあると思った人が使って十分に効果 があがるという状態になってきていると思う。  田中:いまのワード・プロセッサは、知能程度が非常に低い。大学出の人が、自分と同 じくらいの能力があると思って使っても、期待したとおりにはならない。同音語の解析は 、語と語との関連を入れて、「雨が降る」とあれば、「飴」が降ってくるとはだれも思わ ない。そういう知識を入れたシステムを作る必要がある。それにはハードウェア的な容量 の問題がある。 それがふえ、しかも安くならなければならない。  もう一つ、ある専門分野に限って調べてみたことがある。富士通の「事務処理用語」に は4,000語ぐらい出ているが、同音異義語は50組ぐらいしかない。三菱の人が普通 の国語辞典で調べたのをみると、約2語に1語の同音異義語がある。そういうファイルを 持って、同音語の判別がうまくいかないといっても、無理である。専門分野の辞書をいか に作るか。自社に合った用語、あるいは造語成分のファイルをうまく作ることを心掛けな いといけないのではないか。そういう技術も近々出てくるだろうから、長期的な観点では 安心できるだろう。  B氏(日本ユニバック):きのうから、かな漢字変換の場合におけるスピードは、12 0字/分は難しいだろう、という話が出ていた。現在、速度を測定する客観点な条件がな いが、カナタイプが打てる人、熟練者の場合だったら、どのくらいのところを推定してお けばいいだろうか。  森:ご指摘のように、測定方法がなかなか難しい。 われわれの場合は、たとえば句読点を含めて500字の文章を5分間で録音したテープを 作り、それが打てるかどうかテストする。それが打てたとしたら、その人は100字/分 の能力を持っているとする。英文タイプでは、1ワードをミスすると5ワード分引くとか いったルールがあるけれども、そういうルールがまだハッキリしていない。単語の概念が 確立していないので、速度とミス・タッチの率とも分けて測定せざるをえない。  かな漢字変換は、遅い人は遅いなりに、速い人は速いなりに使うことができる。一般的 に何字打てたからどうだ、というよりもその人にとって利益があるかどうか、考えたほう がいいのではないか。同じ人がたとえば1カ月たったとき、手書きよりも速くなったかど うかが、その人にとって、仕事が楽になるかどうかの境目だからである。私自身は、2本 指で打っている。それでも、自分で清書するよりはずっと速くできる。  いま記録を取っておられる竜岡さんは、これを職業にしておられるので、非常にシビア にみておられる。そういう方がご自分で商売として、かな漢字変換のワード・プロセッサ を使って、いままでよりも能率的であることは非常にハッキリしている。日本文の研究会 でもお話があったし、「日本の速記」という雑誌にも体験談を書いておられる。  いま日本ではまだ数千台しかワード・プロセッサは働いていない。これからいろいろな 人が使って、いろいろの尺度で測定されるだろうが、その尺度をとのように作ったらいい か、いろいろ難しい問題がある。一つの数字を信じて、うんぬんしても、あまり意味がな い。たとえばタブレットでも、新聞社や印刷の人は、それを何年も使っているから、非常 に速い数字があげられる。入社したばかりの人の数字とそれを比較しても意味がない。  人間の能力を計るのは非常に難しい。得手不得手もある。いろいろな人がいろいろのこ とをいっている。その中で、このぐらいだろう、と考えるほうがいい。  C氏(日本ユニバック):これを一つの職業として、文書作成をするという人の場合、 どのくらいの速度で打てるのか、という大体の目安が欲しい。  森:当社では日本文ワード・プロセッサのスクールをやっている。卒業するときに、先 ほどの方法でテストを行う。個人で練習しにきた人もいるし、会社から派遣された人もい る。1分間に60字のテープにパスした人に初級認定書を、80字を越えた人には中級認 定書を、100字を越えた人には上級認定書を、それぞれ差し上げている。一つの目安と してお聞きいただきたい。  神田:スピードだけを考えていてはいけない、ということは私も同感である。計算機的 な発想で、たとえば何命令とかいったのと同じように考えると混乱する。普通の道路で最 高時速240キロの車と150キロの車と、とちらが早いか、といっても、全然わからな いのと同じである。  また、機械のほうの性能として、かな漢字変換が正しくできない場合、何かの手段でそ れを直さないといけない。正しくはいらないものを直す時間もカウントしないと、トータ ルの数値にはならない。そうなると、メーカごとに方式が違うので、そのへんもよく調査 した上で評価しないといけない。一般的に、かな漢字変換というのは、100%はいると は限らない。  当社において使っているのは、あまり訓練らしいこともやっていないが、普通の用紙に 社内文書を作る場合、30字詰め・30行ぐらいのもの1枚が、慣れれば30分ぐらい作 れる。入力を専門としていない人が、原稿がある場合もあるし、ない場合もあるけれとも 、そういう社内文書を作った場合である。1分間に30字ぐらいは作りながら打てる。  和文タイプ1級の検定は500字を10分間で打つ。 OASYSでやると、最初は辞書の順番が変わらないから、ちょっと時間が多くかかるけ れども、2回目は速くなる。略語をうまく辞書に仕込んで使うと、あまり考えないでドン ドンやれる場合だったら、1分間に50字ぐらいはいけるような感じである。  私どものお客さんでスピードは、営業からは100字とか120字とか、話はいろいろ 聞くが、まだ、直接お会いして聞いたわけではない。専門に相当使いこなせば、180字 ぐらいは打てるのではないか、という話も聞いている。  手書きでていねいに書いても、せいぜい、30字で、しかもすぐに手が疲れてくる。そ れよりは十分に速いのではないか。  石田:最近の若い人は、漢字をあまり知らない。渡された原稿に読めない字があったら どうすればいいか。変換ミスの見逃しはどう処理するのか。  神田:読めない字が出てきたらどうするのか、やはり問題だと思う。しかし、先ほど述 べたように、本来は原稿を作る人が使うのが理想であり、他人の書いたものを、中の意味 もわからずに入力するというのは、本来の姿ではない。オペレータが字が読めないけれど も、いうと恥になるがらグッとこらえる、というようなこともあって、かな漢字変換の機 械が売りにくい、という営業からの話も聞いている。  また、機械に文章を作ってもらおうと思うのは、間違っている。しかし、「はいけい」 と入れれば、私どもの機械では「拝啓、背景」の二つしかない。それを間違える恐れは少 ない。  それにしても、字が読めない人が使える機械ではない。他人が作った原稿を入れるのに も便利に使えることが望ましいけれども、現在では、あまりうまい手がない。本来は、作 る人が使う機械、話し言葉を入れる機械である。漢字を知らなければ、ひらがなでやれば いい、漢字のへんやつくりでやるのも難しい。これといった決め手はないと思う。  なお、変換ミスを見逃す問題は、やはり見逃さないように努力する以外にはない。他人 の作った、中身を知らない原稿を、たとえばペンタッチで入れて、とんでもない字になる よりは、まだミスが少ない。校正というのは、いくらやっても見落としがあるもので、た とえば言べんが人べんに化けたのを見落としがちだけれども、かな漢字変換は、そういう 間違いは割りと少ない。「真理をついきゅうする」は「追求」か「追究」か「追及」か。 これは文字を書く人の見識にかかっている。結局、手書きで間違える程度の間違いはある ものだ、ぐらいに考えていただきたい。しかし、単語単位で変換するから、漢字を一字だ け間違うことはすくない。むしろ手書きよりもかなり少なくなりうるのではないか。  田中:「公用文作成の要領」というのが昭和27年4月4日の内閣甲第16号で出てい る。その最初に1.用語について。「特殊なことばを用いたり、かたくるしいことばを用 いることをやめて、日常一般に使われているやさしいことばを用いる」とある。人名・地 名についても、なるべくやさしい文字を使い、かなで書いてもいい、と規定されている。  文書作成の要領は、かなり事細かに決まっている。だから、読めないというのがどの程 度のことか、問題だけれども、あまり変な文字を書くのは、書く人が悪い。入力を頼まれ た人が悪いことにはならない。  ある会社で、最初は人名のために難しい漢字を使っていたけれども、全国オンライン化 しなければならなくなった。8,000字にするのに数億円の費用がかかる。4,000 字にして、クレームがついたら、みんなが謝りにいくほうが安上がりだ。実施したら、全 然クレームがこない。しかも漢字が出るということで、競争力が出た。こういう例もある 。  各メーカ、各業界、各団体で契約書に免責条項を入れるとか、通産省、厚生省などの指 導官庁に伺いを立てて方針を聞くとかいうことが社会的になされれば、そういう問題はだ んだん減っていくのではないか。  千葉県のある中学校で、旧かな遣いを学ばせ、旧かな遣いの文章や漢字を教えたら、父 兄その他あらゆる人から総反撃をくらい、大問題になった。読めないことがいいのか、読 めることがいいのか、問題だと思う。  石田:山崎さん、印刷の場合は、字体がいろいろあるとか、非常に難しい字があるとか するけれども、そのへんの入力に対して、どういう動きがあるか。  山崎:印刷の場合は、どんな漢和字典にも出ていないような漢字であっても、作家が 適当に作った文字であっても,書かれているとおりに本にしなければならないが、入力の 立場からみた場合には、そんなものまでカバーするシステムは作れない。  現在、印刷業界では4,000〜5,000字ぐらいを通常入力できる文字としている 。字体のちょっと違ういろんな文字があるけれども、そういうのはコード入力に頼ってい るのが実情である。  原稿を書く人が、もっとやさしい字を使って、だれでも読めるような文章を書いてくれ るようになれば、こういう印刷屋の苦労もなくなる。  藤崎:(日本IBM)個人的に神田さんの意見に大賛成である。かな漢字変換を単なる 入力機とみるのは、ちょっと残念である。非常にオプティミスティックに考えれば、先ほ ど石田先生のいわれたエラーの問題も、かな漢字変換ならば、若干の文法チェック・語彙 チェックは入れられる。  われわれが原稿用紙に書くときは、国語辞典を引きながら書く。かな漢字変換ならば、 たいていの語彙は変換辞書にはいっているから、使わずにすむ。1字だけ間違える確率も 低い。入力の機器ではあるけれども、支援システムが少しははいっていると考えていい。 エラーは、1字だけではなくて、隣も引きずられて間違えているから、割合すぐにエラー が見つかる。送りがなのおかしいものもすぐわかる。そういう副次的な効果もあるのでは ないか。  石田:英語の場合は、最近マイコンでもスペリング・チェック・プログラムがだいぶ発 達して、市販品がかなりある。かなり膨大な辞書がはいっていて、作られていく文章の単 語を片端から調べ、辞書と合わないと「ミス・スペルではないか」と聞いてくる。気の利 いたシステムでは、たとえば「ea」を「ae」と打つと、気をきかせて、「ひょっとしたら 、これではありませんか」と聞いてくれる、というところまできている。そのうちに、文 法チェックなどもやってくれるのではないか。 私のほうで使っているUNIXには、diction とstyle というコマンドがあって、あま り長々しい表現を使ったりすると「こういう表現がいいのではないか」というリストが出 てきたりする。長い単語をどのくらいの頻度で使っているか、というようなテーブルも作 ってくれる。長い単語を使いすぎるとか、文章が長すぎるとかいった批判をしてくれるよ うなソフトが出てきた。コンピュータに余裕が出てくれば、文法チェックぐらいは英語で はやってくれるのではないか。 機械翻訳の場合などは、はいってきた文章を, 文法的に正しいと仮定してやっているが 、書かれた文章が文法的に正しいかどうかをチェックしてくれるようなプログラムをだれ か作っていないだろうか。また、日本語のそういう文法解析がどのくらい行われていて、 見通しはどうか。  長尾:英語などでは、かなりできる可能性がある。単語のスペリングのミスとか、単数 ・複数の間違いとかいうのは、訂正できるだろう。ただ、そのためには、文法辞書・単語 辞書をいれなければならないが,それがどの程度の大きさになるか。使われる文体などが 限られているとすれば、かなりできる可能性がある。  ただ、本格的な言語の解析のレベルで考えようとすると、解析をするのに時間が非常に かかる。現時点では、その解析がまだあまり信頼性のあるところまではいっていない。将 来の問題だといわざるを得ない。  日本語の場合は、文の構造が非常に柔軟で,明確ではない。単語単位にキチッと区切っ て入力してくれれば、辞書との照合が比較的簡単だけれども、そうでないと、それを単語 に区切る作業をやらなければいけない。現在は92〜93%ぐらいの精度でしかできない 。ただ、かな漢字変換の辞書だったら、3万語ぐらいのものは、小さなシステムでもすで に入れられているから、ある程度はやったらできるかもしれない。  D氏:森さんから、音声による入力の話があり、長尾先生から、手書きのタブレットの 話があったが、一度入れたものに対する修正のための入力はやはり簡単なキボードとCR Tに頼らざるを得ないのだろうか。  石田:ついでに長尾先生に。すでに原稿用紙に書かれてしまったものの入力よりも、書 きつつあるもののリアルタイムの入力のほうが、どうして楽なのか,、についても・・・  長尾:手書き文字の読み取りは、いまの郵便物の郵便番号のように、枠の中に書くとい う制約を守るということならば、ある程度可能性があるのではないか。  非常にナチュラルな書き方で書いてしまったものを読むのは、なかなか難しい。  タブレットでオンライン的に筆順情報を入れたものがどこまで読みやすいか。いろんな 研究の結果によると、筆順というのはそれほど安定なものではなくて、人によってマチマ チだから、筆順に頼っていてはダメなのではないか、というご意見が多いけれども、ある 程度訓練して筆順を守ようにするとか、何種類かの筆順を許すようにするとかすれば、よ りよいシステムができるだろう。修正は、やはりブラウン管でやるしか手がないと思う。  森:音声については、メーカの方向は、二つに分かれるだろう。一つは、キーボードを 使う代わりに音声でかなり長い文章をいれたい、という方向で、これはたぶんキーボード のほうが優れているだろう。  もう一つは、キーボードには絶対にさわりたくない、という人に、いまからキーボード を覚えてもらうことは難しい。何か情報をアクセスする方法がないか、ということで音声 を考える。しかし、これは文章は少なくて、ほとんど単語が多いと思う。要するに情報検 索などが目的のときは、単語を1音1音訂正するよりは、「もとへ」とか「間違い」とか いった単語を登録しておいて、それで修正する。そういう形でやろうとしているのではな いか。  石田:吹抜さんに、音声入力とか手書き文字入力とかについては、どういう見方をして おられるか。  吹抜:私自身やったのは20年も昔のことなので、よくわからない。できるかしれない 。ただし、できるにしても、キー入力はちゃんと持っていなければならないと考えている 。  E氏(横河電機):日本語は音節の種類が少ないから、音声認識はやりやすい、という 森さんのご意見だったが、情報量が少なくて、それ以後の処理がやりにくいというような くことはないか。  森:音節単位で、音節1個1個の認識が容易かどうか、という問題と、単語にしたもの の処理がどうか、という問題とはちょっと違う。単語になれば、まさにかな漢字変換の問 題になる。かな列をどこで切るか、という問題になる。  音節だけを取り上げれば、日本語が世界の中で有利な立場にあるというだけであって、 決してやさしいといったわけではない。  F氏:かなの入力のためのキーボードとして、配列のパターンがハッキリとしていて、 わかりやすくて、しかもスピードと両立するようなものができれば、素人は素人なりに、 玄人は玄人なりに使えるのではないか、ぜひお願いしたい。  石田:神田さんに、一見特殊な配列のキーボードを作られたが、どのようにして配列を 決められたのか。  神田:OASYS100の親指シフトキーボードについて説明したい。いまのJISキ ーボードは、いきさつはよく知らないが、日本語を入れるのにはあまり適していない。N 個の文字から1字ずつ選んでいく方法はいろいろある。 アルファベットは8本の指で30個のポジションを選んでいて、非常によくできていると 思う。かなは、濁音も入れると数十、濁音をいれなくてもアルファベットよりもずっと多 いので、キーボードの最上段まで使わなければならない。それだけキーがふえると、指で たたくのが難しい。英文は3列でいけるのだから4列でもいける、と思うのは間違ってい るというのが実感である。  そこで、3列のものを追求した。英文タイプライタは、結果として親指がやることがな くなってしまっている。親指は結構役に立つ。他の4本とのコンビネーションがよく利く 。思いつきといわれれば思いつきだが、親指との組合わせが非常にうまくいく。  この親指で濁音もやってしまうことにした。30のキーと、両手の親指で90個の組み 合わせを作った。ドボラーク配列と同じような基準に基づいて、最適な配列を一応考えた 。ユーザからは、ベストではないにしても、JIS配列よりは結構いいという評価をいた だいている。JIS配列は、もともと日本語の入力のために作られたものではなく、ED P用であり、「ゃ、ゅ、ょ、っ」を入れる必要がなかった。文章を打つためには、そうい うのが必要なのだから、考え直さなければならない、ということで作った。  石田:将来、かな漢字変換が名刺ぐらいの大きさのコンピュータでできるようになった ら、おそらくテン・キーしかつかない、ということで、ある人は、かなを2ケタの数字で あらわすことを考えて、練習したら結構いけた。「だから、ワード、プロセッサはテン・ キーで十分だ」というのが、その人の説である。  渡会(大日本印刷):入力を専業としているものにとっては、2ストローク方式が大変 有力だと思うが、一般の事務関係のワード・プロセッサで2ストローク方式がこれからど のようにのびていくか。きのうの話では、タイピストを雇えばいいということだったが、 専業タイピストが雇えないことが多いから、かな漢字変換が主力となる可能性がある。一 般分野での2ストロークの将来性をどのように考えておられるか。  吹抜:2ストローク入力に関しては、山田先生のご意見を伺った方がいい。ただ、私は 山田先生と若干意見を異にして、導入が本当にうまくできるのか、という危惧を持ってい る。先ほど述べたように、適応型にして記憶コード式にも進めるようにするのがいいので はないか。そうなった場合、正確度から考えて、本当に「かな漢字変換」がいいのかどう か、考え直してみる必要がある。  ただ、たった26文字入れる英文タイプでもいろんなのがあり、定着するのに何十年も かかったという。それよりはるかに文字数が多くて、複雑怪奇な日本語の入力方式が、1 年や2年で決着がつくわけがない。場合によれば、50年、100年かかる。気長に検討 を進めていく必要がある。  山田(東京大学):タイピストが専門化できたら、という前提で、私は2ストロークを やっているが、二つ問題がある。  一つは、タイピストが専門として育つかどうか。アメリカでは、少なくとも10年くら いは、職業集団としては、専門タイピストが育たなかった。専門の集団が育ったといえる までには、15年ぐらいかかっているし、それでも数がすくなかった。女性解放運動の一 環として育ってきた要因もおおきい。もう日本の女性は解放されているから、タイピスト は育たないかもしれないとも考えられる。  もう一つ、タッチ・タイプが難しいと皆さんはしきりにおっしゃるが、率直に言って、 タッチ・タイプは反射運動なので、年を取ってからはダメだが、15歳ぐらいまでのうち に始めている人ならば、ほとんど問題がない。スポーツやピアノと同じである。  われわれのところで作っているTコードを、とくに主になってやった学生は、現在24 歳。小野君がきのう話した原稿は1万5,000字ぐらいあるが、初め大型機のかな漢字 変換でやり始めたら、1パラグラフの入力に1時間ぐらいかかってしまった。タブレット で、半ページぐらいやって、やはりどうにもならなくなった。そこで、その学生が打った 。残りを打っている間に、結構うまくなってしまった。  これは大事なことだが、何回か「構想」を打っているうちに、「構」と「想」とが別々 の字ではなくなって、2字が一つのパターンにまとまってしまった。だから、「構造」と 新しく出てきたとき、「構」がスッと出てこなかった。  わずか1万5,000字弱を打っている間に、そういうパターンが独りでにできてくる 。運動を始めるのには遅い24歳の男性で、しかも、男性は女性よりも理屈っぽくて、こ ういうものを習うのには向いていないとされている。自分のところではタイピストを育て ていないけれども、よそで育っているのをみていると、そんなに面倒なものではないとい えると思う。  アメリカの職業タイピストは、1,000時間ぐらいやらないとモノにならない。それ ぐらいやって初めて、自由自在に打てる。最低訓練時間が400時間ぐらい。 日本で本当にタイピストを育ててみようとしないで、結論を出すのは早いという気がする 。  キーボードの配列について。QWERTYをドボラークに変えたいという動きは昔から ある。ANSI(日本のJISにあたる)の委員会で第2標準を作ろうということを、も う10年以上やっている。やっとサブコミティからコミティのレベルに上がってきた。ヒ ョッとしたら、数年たつと、アメリカではドボラーク配列が第2標準として認められるか もしれない。エレクトロニクスの時代だから、両方に切換が利くようにしておけば、若い 人はドボラークで使い、年取った人はQWERTYのまま使うか、練習してドボラークに 切り換えるかすればいいことになる。  オレゴン州は、それが待てないということで、数年前から州政府に働くタイピストの再 教育を始めた。結果が非常によくて、再教育を受けた人の生産性が60%ぐらい上がって いる。配列を変えただけではそんなには上がらない。せいぜい15〜25%ぐらいであり 、残りはほかの理由がある。  一つには、疲れが少ないということがある。競争で目いっぱい走って、スピードがちょ と上がったからといって、それだけが生産性向上につながるというものでもない。  日本のJISキーボードが悪ければ、いいものに変えたら、もっと使いやすくなること が想像できても、日本はそういうところにはなかなかお金が出なくて、ちゃんとした実験 ができないというのが問題だと思う。 きのうのHirschさんのお話でも、あれだけの実験に25人のオペレータを日本から 連れていったり、アメリカで募集したりして、6年間張りついている。それだけのことを やらなければ、本当のことがわからないにもかかわらず、われわれのほうはあんまりやら ないで、物事がジャンジャン進んでいるんじゃないかという気がして、ちょっと心配であ る。 先ほどから何人かの人がいっておられるように、いっぺん作ってしまうと、作り直 すことができないのではないか。  石田:最後に、パネリスト一人一人らか、言い残したことなどを・・・  神田: ワード・プロセッサの日本語の入力がうまくいくと、いまTSSで英語を使っ ているのも、日本人だから日本語でやったらいい。日本語の入力というのは、事務の生産 性だけではなくて情報処理産業の問題、プログラムの問題にも関わっている。いろんな議 論が進み、いいものができてくることを期待したい。  吹抜:日本文入力の研究開発は、ある意味で非常に難しい。他の一般の技術では、一応 専門化しか議論に乗れない。しかも、大体定量的な議論ができる。日本文入力の方は、本 来は、きのうのIBMの方の話のように、膨大なデータを取って、論じなければいけない はずなのに、一応だれでもわかる。このため、本来もう少し真剣に考えなければならない ものが、何となく簡単なことでほすんでしまっている。  「使用開始後1カ月目の使い勝手に合わせたような現在の入力方式は適切のものとは考 えられない。少なくとも1年ぐらいの訓練と経験の期間を経た入力方式を製品化する必要 がある」と山田先生もいっておられるように、もう少し真剣に考えるべきであろう。  日本文入力は「おもちゃでもやっているのか」という感じを与えがちだ。そういったこ とにあまり惑わされずに、非常に大事な問題だという自覚を持ち、十分なデータを持って 将来の大問題にあたっていくといういき方が非常に大切であろう。  坂下:テキスト入力のようなものは、タッチ・タイプの方式が割と伸びてくるのではな いか。ただ、現在は装置の取っかかりのよさが、非常に大きなウェートを持っており、そ れで導入されているのが、非常に気になる。そこらへんを十分に反省しながら、使うこと が重要だと思う。  山崎:かな漢字変換のような方法で、だれでも簡単に入力できるようなものがもっと普 及してもらいたい。  いままでは、出版社が言葉の文化をリードしてきたけれども、だれでも簡単に文章が作 れるようになり、それがそのまま世の中に流通するようになると、ただでさえ難しい日本 語が、だんだん難しくなってしまうのではないか。かな漢字変換でも、そういうことをよ く配慮した辞書とし、日本語の本質というものをとらえていかなければならないのではな いか。  田中:入力方法については、コンピュータをもっと利口にするにはどうしたらいいか、 という研究を進めていきたい。  長尾:いまから20年ほど前、昭和30年の半ばごろは、印刷されたアルファベットを 読み取ることが、大学の研究のかっこうのテーマだった。これが本当に商品になり、儲か るものになるなどとは想像もしていなかったけれども、最近数年間は、アルファベットや 数字などの読み取り装置は、非常にいい商品になり、メーカとして儲かる商売になってき た。先ほどいった手書き文字OCRの関係の話も、決して夢でなくて、将来急速に進歩し ていくと思う。  それに比べて、タッチ入力は技術的にサチュレートしてしまったギリギリの非常に厳し い世界で勝負をしておられる。これも非常に大切なことではあるけれども、原理的に違っ た方向で、将来ずうっと直線的に技術が伸ばせるようなことにも、大いに努力すべきでは ないかユーザの方々にはそれまで我慢して待っていただくことになるだろう。しかしそれ もそれほど遠くない将来のことと思われる。  漢字の市場は、もちろん中国もある。日本とかそういうところの科学技術活動が非常に さかんであるにもかかわらず、そこの情報がとくに欧米にスーッと伝わっていかない。日 本の研究活動の10%ぐらいが英訳されているにすぎない。日本語の情報を彼ら自身が取 り込む努力をしなければならない、と考える傾向が非常に強くなってきている。  アメリカやドイツ、フランスなどは、日本の科学技術情報を機械翻訳を通じて何とかし たいとやっている。アメリカでも漢字の入力システムはずいぶん研究されている。ヨーロ ッパでも、日本のいいシステムがあれば、ぜひ買いたいといっているところが非常にたく さんある。  森:これから10年ぐらいというスコープでみたときは、かな漢字変換による日本文入 力が主流になっていくと考えている。マイコンがかなり安く、100万円以下になって いるが、そういうところでの漢字処理化が始まる。かな漢字変換のプログラムそのものは そんなに大きくないので、いまのマイコンにも載る。社会的・経済的にコンパクト化が重 要なファクタになる。  2ストロークは、多分出版などで、たとえば1日に何百万文字も扱うようなところで使 われるが、一般化することは非常に難しいと思う。  パターン認識は、いま進歩しつつある技術だから、いまできないことがずうっとできな いわけでは決してない。研究上のブレーク・スルーが必要だが、それによって制約条件が 突破される可能性もないわけではない。それにしても、この10年間で主流にのし上がる のかどうか、かなり難しいと思う。  キーボードによるかな漢字変換が、多分主力になり、それがコンパクト化し、値段が安 くなっていくことによって普及が促進されるだろうと考えている。  石田:日本文入力の問題は、私の予想では、今年あたりから非常に大きな問題になる。 75〜150万円ぐらいのいわゆるパーソナル・コンピュータで漢字が出せるようになる からである。いまや、LSIの1個とか数個で漢字のキャラクター・ジェネレータができ るようになった。プリンタも、かなり安くていいドット・プリンタが普及しつつある。  最初は、表示されたりプリントされたりする漢字のかっこうが多少悪いということもあ るだろうけれども、それにしてもマイコンで扱えるようになると、マイコンの利用価値が 物すごく広がる。いままでだと、コンピュータを自宅に持って帰っても、何の役に立つの か、とういう質問があったけれども、漢字が扱えれば、どこの家だって、ちょっとした文 書処理が必ず必要だから役に立つ。  それでも、75万、100万、150万というと、なかなか買えないかもしれないけれ ども、金持ちもかなりいるから、だんだんとかなり売れるようになるだろうし、こういう ものは年々10万円ずつ安くなり、10年たったら10万円ぐらい買えるようになるだろ う。そうなさば、世の中に爆発的に広まるだろう。  みんなが買い込んで、家で漢字処理をしようと思うが、どうやって入れたらいいのかわ からないということでは困る。普通の人でもやれる入力方法は、どういうのがあるだろう か。店に並べたり、ショーで見せたりするのをみて、一見使いやすそうなのがまず売れる のではないか。しかし、買って、家で練習したけれども、ちっとも速くならない。たぶん そういう経験を持つ人がふえてこないと、一見使いやすそうなものではなくて、少し練習 すればかなり速度が上がるというものの価値がなかなか認識されないのではないか。  いずれにしても、これから世の中でこういう問題を考える人がふえてくるだろう。そう なってくると、何かいい方式がだんだん定着してくるのではないか。  きょうのお話では、どの方式が一番いいかということにはならなかったし、たぶん目的 とか人とかによって最適の方法というものが違ってくるだろう。そういうことがハッキリ したことが、このヒンポジウムの結論であるということで終わらせていただきたい。 (終)