日 本 語 ワ ー ド プ ロ セ ッ サ の           設 計 理 念 と 将 来                              昭和56年 5月18日                          富士通株式会社   神田 泰典 1) まえがき  日本のオフィスでは,手書きの文書が主として用いられており,特別に必要な場合に限 り和文タイプライタによる文書が使われている。  一方,米国ではタイプライタがオフィスに定着しており,タイプライタ無しのオフィス は考えられないのが現状である。英文タイプライタは和文タイプライタとは大変違い,単 に清書に使うのではなく,文章を作成するのに使われている。近年,英文タイプライタに コンピュータの付いたワードプロセッサが出現し,オフィスオートメーションはワードプ ロセッサの導入のことだとも言われている。 2) 米国でのタイプライタの利用法  米国ではタイプライタは,誰でも使う。勿論,訓練を受けたタイピストは正確に早く打 つことができるが,普通の人でもそれなりに使える。新聞記者や小説家がタイプライタを 使って文章を作成するのは映画でも良く見られるシーンである。  米国のビジネスマンは自宅に会社の使っているのと同じタイプライタを持っており,夜 自宅でタイプライタで原稿を作り,その上に修正を加えて翌朝会社でセクレタリに清書さ せるのだそうである。ディクテーションも使われており,直接喋るか,録音しておいて, セクレタリがタイプライタを用いて文書を作る。 3) 英文タイプライタの特徴 ・アイデアの作成に使える  新聞記者,小説家が原稿を作る。ビジネスマンが仕事をタイプライタで行う。 ・清書に使える。  セクレタリが文書の清書に使う。  単なる清書機械ではないので,タイプライタを持った女性が職場で活躍できる。  米国でも最初はタイプライタは男子のオペレータであったが,人手不足なのと,女子の  方が適性があること等に理由により,女子が専らこの職業につくことになった。そのた  め,タイプライタの使用は女性解放に大いに力があったとされている。 4) 和文タイプライタ  和文タイプライタには英文タイプライタと違う点があり,英文タイプライタの様には使 えないようである。 a)すぐ気が付くのは鍵盤の漢字を選択するのが大変なことだが,本質的には b)日本語の入力ではなくて,漢字の入力装置で,原稿を見ながら漢字を一文字づつ入力す  る装置であることによる。  漢字で日本語を表記する場合,言葉との対応が一義的ではなく例えば「行」という文字  は,行燈,行者,行動,行く,行う,等の言葉に複雑に対応している。このため頭の中  にある文章を和文タイプライタを用いて書きだしたり,ディクテーションしたりするこ  とがうまくできない。 5) 日本語文章の入力  コンピュータで日本語の文章を扱う場合,入力と処理と出力とに分けて考えることがで きる。処理と出力については,英語に比べて難しいことは確かだがテクノロジロの進歩に より,やれば出来る範囲の問題になってきた。  しかし,入力は単なる技術だけでは解決しない問題である。入力とは知能の高い人間か ら知能の低い機械に人間の考えを伝えることである。  望ましいのは通常のオフィスで一般の人が文章を扱っている過程が,うまく乗るような 装置の出現である。 それはどんな特性が必要であろうか? 紙と鉛筆で文章を作成している過程を自然にサポートするもので,   1自分が考えている文章を文字にして書く。   2書かれた文章を見ながら,また考えて次の文章を作るる。   3漢字かなまじり文が入力できる。   4装置は考えを進めるのに役立ち,考えを中断しない。  このような要求を満足して,丁度英文タイプライタと同じような感じで使える日本語の タイプライタとして開発したのが『OASYS 100』である。 6) 『OASYS 100』  ことばを「かな」で入力して装置に持っている単語の辞書により漢字に変換しながら, 文章を作ることができる。 a) かなの入力方法  『OASYS 100』では親指シフトキーボードという新しい方式を採用した。 これは,ひとつのキーに2文字を割り当て,その区別は親指を同時に打鍵することにより 実効的には90個のキーが英文タイプライタの鍵盤操作と同じ感じで使用できる。 鍵盤の配置は言葉の出現頻度を参考にして決めた。実際に使用してみると使い易い。  かなの入力は,JIS鍵盤が使われているが,実際に使用すると都合の悪いことが多く これで日本語の文章を入力するのは難しいと考えている。  ・鍵盤が英文のように3列ではなくて,4列あるので鍵盤を見ないで入力するのは難か   しい。  ・「ゃゅょっを」や句読点「。,」はシフト側なので2タッチ必要。  ・濁音,半濁音の入力には2タッチ必要。  ・かなの出現頻度が鍵盤の配列に反映されていないようだ。 b) 対話式かな漢字変換  辞書には最大約10万語の単語が収容できる。かなを入力して「変換」のキーを親指で 押すと,そのかなに対応する漢字を辞書を索引して直ぐ表示する。日本語には同音異義語 があるが,表示されたものが違う時には変換キーをもう一度押すと,次の候補の単語が直 ぐ表示される。このように辞書のなかから単語を選んで文章を作る。選ばれた単語は辞書 の先頭に移されるので,次回に変換するときにはその単語が最初に表示される。使用され る単語は大体決っているので,一度選択すれば,あとはそれが最初に出るから殊更に同音 異義語を選択する必要はない。 c) 辞書の登録  辞書には普通の言葉が6万語と固有名詞(人名,地名等)2万語を収容しているが,利 用者は自由に単語を追加登録することができる。また単語の長さは最大48文字なので, 長い言葉や文章や,罫線のパターンのようなものも登録できる。 d) A4版フルページの大型画面  ディスプレイは14インチを使用し,48文字×32行の漢字を表示できる。 通常オフィスで使用されるA4版の文書1頁分が,一度にディスプレイに表示できる。 文書を作る際には,その文書の全体の姿が見えることが必要である。 7) OASYS 100への4つの疑問−−−自動車に対する4つの疑問  日本人は鍵盤に慣れていない。−−−−国土は狭いし,石油も出ない。  手書きで充分だ。−−−−−−−−−−自転車で充分だ。  女子の仕事だ。−−−−−−−−−−−運転は運転手の仕事だ。  漢字を覚えなくなる。−−−−−−−−日本人は歩かなくなる。 8) 使用実績  ・和文タイプライタの代替 (総務部 対外的な手紙)    修正が容易,記憶して再利用,さし込み印刷  ・営業資料(提案書等)    従来は手書きかタイプ印刷。見易い文書,手軽に修正,すぐに印刷できる。  ・技術資料(プログラム資料,技術資料)    従来は手書き。見易い文書,メンテナンスが容易。  ・社内の通達等(通達,社内文書)    従来はタイプ印刷か手書き,見易い文書。  ・知的な道具設計,(アイデアのまとめ・ディクテーション )    考えがそのまま正式な文書になる。 7) まとめ  『OASYS 100』は単に和文タイプライタの代替を狙ったものではない。和文タ イプライタは作成された原稿を入力する装置であるが,『OASYS 100』は寧ろ原 稿を作る装置である。自分で文章を考えながらこの装置で作成することに大きな意味があ る。日本のオフィスの作業にはコンピュータ技術の援助の手が届かなかったが,OASY S 100を使うことにより,オフィスの生産性が飛躍的に向上するだろう。                                  以上