トランジスタ技術・原稿    400字   15枚 富士通株式会社 「開発技術者は語る」 ワープロ「オアシス」          神田 泰典 1.なぜ日本語?  私はコンピュータの技術者として主としてハードウェ アの設計に携わってきました。  昭和50年ころになると、さすがに日本のコンピュー タの技術も一流になって、ハードウェアのほうは設計し て、組み立てればすんなりと動くようになりました。  外観は一応できるが調整をしても思うように動かない で、「コンピュータ動かなければ、只のハコ」という苦 労をしてきた者にとっては、周囲を見る余裕もでてきま した。  コンピュータがどのように使われているかと思って、 まわりの様子を調べてみると、苦労してコンピュータを 作っているわりには、どうも適切に使われていないので はないかという気がしました。  電子計算機は名前の通り計算が得意で、科学用の数値 計算や事務用の計数処理には人間では不可能な仕事をや ってくれます。しかし、コンピュータを計算だけに使う のであれば、用途はそんなに拡がる見込はなく、テクノ ロジーの進歩で、コンピュータの価格が下がる分だけ、 売り上げが下がり、結局技術者は自分の首を締めるため に仕事をしていることになります。こんな不公平な話は ないわけで、コンピュータの使い方の方にも問題がある のではないかと考えました。  私もコンピュータの設計にはコンピュータを使ってき ました。昭和40年代はコンピュータを使った設計シス テムを開発したので、コンピュータの設計の品質は極度 に向上しました。従来は手書きだったコンピュータの論 理設計図はコンピュータに記憶され、メインテテンスさ れて、その論理設計図から自動的にコンピュータが製造 されるようになりました。  このようにコンピュータのハードウェアの設計、製造 にはコンピュータが導入されてその生産性、信頼性が向 上したが、ソフトウェアの方はこれはもう大変な状況で す。人類の歴史的な問題であり簡単には解決しそうには ないとしても、あまりにも状況が悪いと思いました。  ソフトウェアの問題点を産業革命以来のハードウェア のノウハウに照らして考察すると、二つの問題点がはっ きりしました。その一つが日本に固有の問題でソフトウ ェアの世界で日本語を使っていないことであると確信し ました。(文献1)  このように、コンピュータの用途を拡大するためと、 ソフトウェアの問題を解決するために、コンピュータで 日本語が容易に扱えることが必要だと感じました。 2.日本語文章入力の必要性  コンピュータで日本語を扱うことは、それまでは漢字 処理という専用の分野と見なされてきました。そこで、 昭和52年から社内のプロジェクトとして意識的に日本 語処理という言葉を使って新しいシステムを開発するこ とにしました。  その結果生まれたのが、 富士通日本語情報システム (JEF)であり、EDPシステムの拡張機能として日 本語処理機能を持った、汎用のシステムです。JEFは 現在当社の大型コンピュータの特徴ある商品として、日 本中に広く使用されるに至っています。  日本語情報処理を入力と処理と出力の3つに別けて考 えると、処理と出力は単なるテクノロジーの問題に帰す ることができます。日本語を処理し、出力することは、 英語より少し余分にお金がかかるかもしれないが、日本 語だけ特に大変だということはありません。  しかし、入力の問題はテクノロジーでは解決しない別 の問題です。日本語は日本人から発生する情報で、それ をコンピュータに渡さなければなりません。  日本語の入力装置は高いのではなくて、良いものがな かったのです。このため、JEFを実用化することと並 行して、日本語入力の良い方法を開発することにしまし た。  入力という言葉はあいまいな言葉で、いろいろな意味 に使われて混乱しています。本来EDPの世界では、伝 票を見てカードパンチをするのが入力です。漢字処理の 世界でも、顧客のデータベースの作成や、印刷のために 、紙に書かれた原稿をオペレータが見て入力装置でフロ ッピーに落とすことを入力と言っています。  原稿をオペレータに渡して入力するにしても、原稿を 作らなければならない。その原稿を作る機械が欲しいの です。これは入力装置というよりは文章の作成装置です 。首尾よく機械で原稿が作れるのであれば、それはすで に機械に入っている情報だから、オペレータにわざわざ 依頼する必要はないわけです。  頭の中にある文章が、すらすら出てきてそのまま原稿 になるわけではない。原稿を書きながら、原稿を考える というのが実態であり、入力装置というよりは日本語文 書作成装置が必要です。これは以下のような特性が必要 です。 ・自分が考えているアイデアを文字にして出す。 ・その文字を見ながら、また考えて文章を作る。 ・入力装置は考えを進めるのに役立ち、考えを中断した  りはしない。 ・かな漢字まじり文が自然に作れる。  以上の条件を満たすものとして、手書き文字入力や音 声入力のようなものがありますが、認識は技術的に困難 で当面実用化できる見込みがないと考えました。 実用化できそうなものは、キーボード入力かな漢字変換 方式でこれに絞って開発を進めました。 3.他の日本語入力の方法について  和文タイプライタを自分で使ってみたが、文章の作成 用には使えないことがわかりました。その理由としては 、日本語の漢字の表記は、表音ではなく言葉の単位で漢 字が対応しているので、言葉からそれを構成する漢字を 一文字ずつ離散的に入力するのは、使用者にかなりの負 担を必要とすることが原因らしく思えました。  日本人はキーボードにかなりの違和感を持っているの は事実です。よく「アメリカ人はキーボードに慣れてい るが、日本人は慣れていないから」という意見を耳にし ます。  しかし、アメリカ人がキーボードに慣れたのは、タイ プライタが発明されてからでも100年しかたっていな いので、数十年のことにすぎません。現在のタイプライ タのキーボードが非常に良くできているので、英語の文 章は、タイプライタが非常にうまく使えるというだけの ことです。  日本人でも、本当に良いキーボードができれば、簡単 に慣れて、使うようになるだろうと思いました。  本当にそのキーボードを使って、メリットがあれば訓 練することは、さして問題ではない。自動車の運転でも 免許をとるまでが大変なのは、承知の通りです。 4.ワープロ・オアシスの開発  かな漢字変換そのものの研究は、昭和30年代から行 われていたが、コンピュータで正しいかな漢字混じり文 を自動的に変換することはコンピュータの能力が少しく らい向上しても、かなり困難であるということがはっき りしていました。そこで、我々はうまく文章を作りなが ら入力できるものという目標で装置を開発しました。ち ょうど紙の上に鉛筆で文章を考えながら、書いてゆくの に一番近い形にしようと思いました。  かなのキーボードも大きな課題であった。英文のキー ボードは、非常に良くできていることが分かった反面、 かなはアルファベットより文字数が多いのでJISキー ボードは日本語の文章入力としては適切ではないと思い ました。JISキーボードではほとんどブラインドタッ チが行われていないのが現状です。ブラインドタッチが 出来ないのでは、文章の作成用には使えないと思いまし た。  そこで、試行錯誤のすえ、親指シフトキーボードを考 案しました。これは英文キーボードの良さを拡張したも のであり、実際に使用してみると非常に使いやすいこと がわかりました。  53年夏に実際にワープロを試作することにしました 。キーボードや変換の方法について大体のメドは立って いたので、方式試作をミニコン(U−200)で行いま した。漢字のディスプレイと漢字のプリンタを発注する と同時にプログラムを作りはじめました。最初は4人の 設計チームでした。  54年正月には、試作システムが動き、全員で使いま した。私もキーボードにはすぐになれて、実際に使って 見せると、見た人はなるほどずいぶん早いなと感心する ようになりました。ワープロはそれまで存在しない商品 であり、その商品化について社内を説得するには大変な 仕事でしたが、根気よく説得することと、試作システム の実演で乗り切りました。  このシステムは、54年のビジネスショウとデータシ ョウに参考出品したし、その後1年半も実際に使いまし た。 4.オアシスの商品化  使ってみると、便利なものであることが実感として良 く分かり、コンパクトで安いものを作れば、日本人は誰 でも使うようになると自信を持ちました。そこで、商品 設計をしてOASYS100を55年5月に発表しまし た。  OASYS100は最初から、専門家ではなくて一般 の人に使って欲しかったので、最初のビジネスショウの ときから、展示場には装置を沢山出品して、来場者に実 際に操作してもらうようにしました。  日本人はキーボードは違和感があり、かな漢字変換方 式は取っ付きにくい点が多いのですが、実際に使った人 は、着実にOASYS100のファンになってゆき、順 調にビジネスを拡大することができました。  文章の入力速度は普通の人で、50〜60文字/分く らいはできます。これは手書きの2倍くらいで、実用上 十分です。また、速記の反訳に使用しているプロは、1 80文字/分にも達します。  ワープロの入力方法はかな漢字変換のほかに、和文タ イプライタ方式の全文字配列といわれるものや、高速入 力のできるかな2文字方式があります。55年では、こ れらの各種の入力方式をもったワープロが華々しく登場 しましたが、1年くらいでカナ漢字変換が有力であるこ とがはっきりしました。  OASYS100に次いで、56年8月には小型のO ASYS100Jを発表しました。  56年6月からは宿願が叶いそれまで共用で使ってい たのを、自分用にOASYS100Jを持ちました。昔 最初に自家用車を購入したときのような嬉しい気分でし た。この機械は会社の机の横において、づっと自分専用 に使っています。専用で持つか、共通で持つかでは使い 方が全然違ってくるというのが実感として良くわかりま した。ステレオや自家用車なら当然のことだが、使いた いときに使えるというのはこれほど楽しいことはありま せん。文章は全部これで作るようになり、業務日誌も、 ノートではなくてフロッピーに入っています。もちろん 、この原稿も愛用の機械で作成しているところです。  OASYS 100Jは「ぼくらの言葉が道具になった」という コピーでテレビCMを作り、個人ユーザーに目標にしま した。  ワープロに参入したメーカーは20社ともいわれてい ますが、56年にはオアシスはトップブランドになり、 その評判は確実になりました。  57年5月には75万円のパーソナル版MyOASYS を発 売しました。MyOASYS もOASYS100と同じ入力方 式で文章作成機能の部分を中心に小さくまとめたもので す。このときには、初めて高見山を起用してテレビCM のスポットを打ち、電車のつりさげ広告、新聞や雑誌の 広告を総合的に利用して、宣伝作戦を行いました。  この結果、波及効果は大きく、新聞や週刊誌等にも話 題としても広く取り上げられて、ワープロという言葉が 定着するにいたりました。75万円という価格は驚異の 目で迎えられ、それまでは縁遠いと思っていた人々が、 検討の対象にするようになり、個人のユーザーにも、だ んだんと浸透していきました。  57年11月には、OASYS 100Gを発表しました。これ は、最上位機種で、17のCRTに3000文字以上 の漢字が表示でき、グラフや図形を表示します。また、 レーザープリンタが標準で接続されており、品質の高い 文字を高速で出力することができます。  58年5月には、48万円のMyOASYS2を発表しました 。これは、MyOASYS の半分位の大きさにまとめ、机の上 に置いても邪魔にならないくらい小さいものです。  社内では、現在千台ものオアシスが設置されて利用さ れています。大抵は専任の人が使うのではなくて、周囲 の沢山の人が使っています。用途は総務関係の文書、営 業の資料作成、技術の資料作成などあらゆる資料の作成 に使われており、機械が足りなくて困っているのが現状 です。自分で買って、自宅で使っているひとも多くなっ ています。  ワープロはパソコンとは違って、誰にでも使えること が世の中に知られるようになり、オアシスを使った論説 委員が朝日新聞の天声人語に中年男性が熱中する「くる ま、ゴルフ、ワープロ」として紹介したり、作家の三浦 朱門、曽野綾子夫妻がオアシスを使っている記事もでる ようになりました。〔2〕〔3〕  ワープロが一般に使われるようになって、ワープロの コンテストも実施され、オアシスが上位を独占しました 。〔4〕  このようにして、ワープロが社会に着実に浸透してき ました。今後ワープロが一般に広まると、コンピュータ と会話するための手段が確立することになります。そう すれば、今後はコンピュータが人間の知的活動のための 道具として広くつかわれることになるでしょう。もちろ ん日本のソフトウェア産業にも大きな進歩をもたらすこ とになるでしょう。 参考文献 〔1〕神田:「日本におけるソフトウェア」,電子通信 学会誌,昭和53年9月号 〔2〕  天声人語 朝日新聞 昭和58年1月5日 〔3〕 「作家とワープロ」 朝日新聞夕刊               昭和58年7月28日 〔4〕 ルンルンルンのワープロ娘     FOCUS 昭和58年5月27日号