私の転機  私はお酒は本来あまり飲みませんでしたが、最近ではお付き合いを含めて飲む機会がふ えて、強くなってきました。日本酒は口当たりが良いということで、冷酒が好きです。  この文章は新聞に掲載された記事です。 富士通パーソナルズ副社長(東京・千代田)            神田泰典  日経産業新聞 95.9.7 掲載  「対話の相手、機械から人に」  1960年に富士通に入社して以来、大型コンピューターの開発に携わってきた。77 年、今の企画部門にあたる方式部の部長代理に就任した。それまでは酒も飲まず機械と対 話する毎日だったが、新しい部署では若い部員たちを集めてコンピューターをどう利用す るかに知恵を絞って。  検討課題は日本語処理と日本語入力システムの開発。当時はカタカナしか使えないのが 有り前で「コンピューターは漢字が嫌い」と言われたほど。その中で小林社長(当時)か ら「日本語処理ができて初めて本当の情報化時代が来る」と、我々の計画を支持していた だけた。  79年には初の日本語情報処理システム「JEF」を発表。IBMのマネと言われた富 士通のアイデンティティが確立し、売上高で日本アイ・ビー・エムを抜くきっかけとなっ た。  翌80年には日本語電子タイプライター「オアシス100」を発表した。この時は漢字 の生い立ち、心理学などの専門外の文献を幅広くあたり、ワープロの開発に役立てた。  異動を境に、酒も強くなったし、「オアシス」が縁となって作家をはじめとして他業界 の方々とのお付き合いも広がった。80年前後は会社にとっての転換期であると同時に私 にとっても大きな転機だった。                               以上